早めに見えなくなると思います。
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お掃除2
 まだ掃除してました。本棚をまた整理して、10年前から面倒だから放置していたやつを捨てました。しかし怖いですね。昔書いたよくわからないメモも出てきました。怖くて読めません。本当にあれどうしよう。捨てるのももったいないし、読むのも見つかるのもきつい。掃除は怖い。

 そういえば、掃除している間に春子様からお茶しようメール。夜の8時。行きました。現実から逃げたかった。
 んで、春子様きて、車に乗って、元彼がなんたら話を聞いて「こいつドロドロしてるな」ってニヤニヤしてたら、春子様の友達から電話。なんか泣いてるみたいでした。なので、わたくしは先にカフェへ行って、1時間ほど本を読んでおくことになりました。
 行ったカフェは、広々としているような気がする1階と、ストーブによる酸欠で死ぬかもしれないと思った2階でできてました。わたくしは、2階へ。薄暗く、乱交したりするパブはこんなのなのかなって今思います。んで、本を読んでゆっくりと。ちなみにカフェでの代金は春子様のおごりです。ケーキも頼んじゃったえへ。ベイクドチーズケーキにはちみつが乗ってたのが高ポイントでした。おしゃれだったし、おいしかった。
 そんでゆったりとしてたら、春子様が着ました。
 どうやら、11時に春子様の友達の元彼が来るとか、未練があるとか。そんな話だったみたいです。うん、春だね。
 それにしても、春子様もそうですが、何故この人の周りには常に恋愛の種があるのか。春子様も、副業の居酒屋バイトしてたら、店長が言い寄ってきてきまずくてやめたとかいっていました。なんだこのもて具合は。類は友を呼ぶのでしょうか。なら呼ばれたわたくしの寒々しさはなんのでしょうか。ちょっと切ないものを感じました。
 そんでそのあとは、春子様の最近始めたバイトについて。この人はまたかって思うような内容でした。この日記を友達に、お前が書いてるだろうといわれることはまずないでしょうが、あったらわたくしより春子様に損害があるのでいえませんが、本当にまたかって話でした。行きの車でも聞いてたけど、改めて出戻りについて考えてしまいました。友達にしつこく誘われてってことみたいですが。いや、別に怒ってませんが。
 それで、ここからはそれ関連。それってなんだっていうかんじですが、秘密です。とりあえず勉強になりました。うん、ここはいらんな。
 んで、その話の流れでなぜか胸を触るチャンスができました。一体なんだこれって感じですが、そんなチャンスがきました。でも、最初は触りませんでした。わたくしの脳回路が働いて、面倒なことになるからやめろといいます。理性さんフル回転です。脳内で買収もネガティブキャンペーンも盛んに行われます。なので触りませんでした。1分。理性さんは、ダメな子でした。ここはいるな。
 しかしなんでしょうか。これは書いてよかったのでしょうか。送ってもらった時に家の前でもちょっと触ったとか、書いていいのでしょうか。うん、いいか。特定されないことを祈ります。
 とりあえず、触ることよりも軽い言葉攻めができたほうが楽しかったです。サドは性的不能者がなるというのは当たらずしも遠からずですね。いじめるのはたのしいです。わたくしの頭が唯一滑らかに回転する瞬間なので、ぬるめに視線浴びせるくらいで勘弁してください。

 どうまとめようか。
 帰ったあとは、人間の肌の匂いって人によって違うんだね!とか思いながらテレビ休憩しました。どうせボディーソープの匂いですけど。
 んでまじめに掃除。今日は床にワックスかけれました!1回目は2度やれって書いてあったのでがんばりました!おかげで、また部屋で寝れません!くさいから。なので、4畳半の和室でまた今夜もおやすみです。昨夜はよく眠れませんでした。今夜もよく眠れない気がします。でもいい夢は見そうです。具体的にいえないような夢、おねがいします。
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by swingpop | 2007-03-30 04:56 | 日常
お掃除
 掃除しようと思い、とりあえず散らかっているものや本棚の入れかえなどをしました。そしたら、まだ途中というか、散らかっているものをダンボールに入れる作業をしたら、ダンボール7箱が満タンになり、まだちらかっています。もう諦めようかって本気で思いました。何でこんなに本があるのか。ちょっとどうでもよくなりました。色々と。
 しかし、本当なら今日は床にワックスをかける予定なのに、まだほこり取りもできていない。どこで寝よう。ちょっと悲しくなってきた。

 あと、うちの前の桜土手の桜が開花しました。今ではもう3部咲きです。まだ4月になっていないのに。今年は本当に暖冬だったのだと実感します。わたくし、8日に花見をする予定なのですが、青い葉とかでて来そうな予感がします。毛虫をイメージしてしまうので、それはやめてほしいのですが。
 とりあえず晴れたらないいなと思いつつ、花見料理を考えようと思います。落ちはないです。

 そういえば、ホスト部が4月5日に出るそうです。予想より少し遅れた気がしますが、出るそうです。わかってるよね。
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by swingpop | 2007-03-29 04:06 | 日常
鳥取県ユニバーサルデザイン
 鳥取県では老若男女、障害あるなしどんな人でも使えるようなデザインを推奨しています。

つるきつねCM

 ツルが飲めてない。間違いなくツルいじめ。それか、スープに毒が入ってて、きつねを殺そうとしてる。
 これはすごい。今日の鳥取県でした!
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by swingpop | 2007-03-23 19:06 | 日常
祝日
 今日が祝日ってマジで知らなかった。ニートのひどさを感じました。
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by swingpop | 2007-03-21 05:07 | 日常
紙芝居病3
 紙芝居病は初め精神病だと思われていた。突然直前までしていた行動だけをするので、脳に異常があるとも思われた。患者を病院に運んで、点滴をつけて様子を観る。そして一週間後に主治医が気づいた。寝たきりなのに床ずれさえせずに、髪さえ伸びないと。国は患者を特殊な身体を持つ人物として調べた。身体には健康的な問題はなかった。血圧が安定して、何も食べていないのに血糖値はかわらない。体重も減らなければ、本当に髪の毛も伸びない。医者のチームはそのことを報告し、国はしばらくの間秘密にして調べるように命令した。
 この最初の患者は、航空機のフライトアテンダントだった。国際線で立ちっぱなしの仕事を終え、自分の国での休養を楽しみにしていた。季節は夏で、彼女のふるさとでもどこにでもあるような花火大会が行われていた。
 彼女はとてもその花火が好きだった。都会の花火と比べたら規模は小さいが、澄んだ夜空と広い土地に広がる花を毎年楽しみにしていた。
 花火は熱く花びらを散らせた。彼女は毎年自分の家からそれを1人で眺めていた。家は高台にあり、二階の部屋から蚊取り線香の香りをかぎながら眺めていた。そして、下から上へ視線を上げることを繰り返しながら、彼女は紙芝居病になった。
 彼女が紙芝居病になり、国が動き、不死を体現してから、彼女の家族の周りが慌しくなった。謎の奇病だが大丈夫だということしか知らされていないに関わらず、お見舞いに行くごとに施設や周りの人間が増えていっていた。両親はとても心配した。それは狂ってしまうのではないのかと思うほどだった。それで、私が呼ばれた。
 結果的に、彼女の家族は私を頼った。別に彼女の家族と付き合いがあったわけではない。ただ地域が同じで、彼女の家族にカウンセラーをつけることを勧めたのが彼女についた多くの医者の1人で、私の友人だったというだけだ。
 友人からその奇病の家族の話を聞いたとき、珍しいケースだったが不安は沸いてこなかったというと嘘になる。だが、隔離されていなかったので、ただ重病の患者を持った家族を励ませばいいと思えば楽になった。隔離もされていないし、感染症ではないだろうくらにしか思わないことにした。
 彼女の家族から話を聞いた。国から口止めをされていたが、私は非守義務があったので話してくれた。どうやら話して楽になりたかったようで、私に洗いざらいと言えるくらい話した。私は真剣な顔を作っていつものようにのめり込まないように聞いた。最初の感想は、その花火なら私も見ていたな、だった。
 私は彼女の家族にいつもの親身に接するをした。嘘はないが、力を出し切らないくらいの力加減だ。何度か彼女が病気にかかっていないときの写真をみた。同じ地域に住んでいるが、さすがにみたことはなかった。狭いながらも人がいる。それは当たり前か。
 そして月日がたち、彼女のような症状をもった人間がぽつぽつ出始めた。外国でもそうだった。国は隠し切れなくなり、様々と国と同時に発表した。他の国々も秘密にしていたのだ。
 その頃から自分対して危機感が出てきた。私は彼女の家族を紹介した友人に連絡して、感染性について聞いた。そしたら、まだ発表はされていないが、空気感染かもしれないという話を聞いた。私は焦った。もしかしたら私は彼女の家族を介してすでに感染しているかもしれないのだ。
 友人は私に申し訳ないと何度も言った。けれど彼に何もできることがないだろうというのは分かっていた。私は絶望した。そして味わったことのない恐怖に襲われた。私にとっての花火は一体なにになるのか。
 数日後、国際的な機関が各国を代表して紙芝居病についての発表をした。マスコミはこぞって取り上げて、みんな私のように絶望した。考えられるのは空気感染で、即効性も検査方法も分かっていないということだった。私は前もって聞いていたので、周りと比べたらショックは小さかった。
彼女の家族はとても疲労困憊していた。誰が悪いわけでもないのに、自分を責めていた。そして、気がついたらカウンセリングに来なくなった。嫌な予感がして警察に連絡すると、案の定紙芝居病にかかっていた。どのシーンで切り取られていたのかは、最悪の想像通りだった。私は救えなかったことに対して深い憤りを感じた。
ある日、彼女の家族を紹介した友人から連絡が入ってきた。多少弱めることができるかもしれないという薬を持っていた。友人は、研究している科学者の大半は飲んでいるという薬だと言って私に渡した。認可されているものなのかと聞いたら、ただワラにすがっているだけかもしれないと言っていた。しかし、私はその薬を信じて飲み始めた。
そして何年かたった。友人から受け取っていた薬は、国から渡されるようになった。世界に広められた治療法は気合だったので、もしかしたら薬には効果がなくて、プラシーボ効果を期待したものかもしれない。むしろ、そっちの可能性のほうが高い。私はこの薬で何とかこの世界にいる。国から不安がる人間のためのカウンセリングを任されているので、自分が紙芝居病になってはいけないと常に思っているのも原因かもしれない。
結局、私には何がなんなのか分かっていないのだ。
そして冬の日だったと思う。きれいな女性がカウンセリングへやってきた。
私は、彼女の話をいつもの調子で聞いた。彼女の話した話は、不幸だった。
初めてだった。カウンセリング中にもう聞きたくないと思ったのは。しかしそれは彼女の人生であり、決して否定してはいけないものだった。それなのに、私は彼女の話を聞いている間、自分のことだけを考えていた。彼女のことを考えたらいけないと、そう思ったのだ。
何度かのカウンセリングを重ね、私は何度も悪夢を見た。けれどなんとか慣れて、必死にしていたら彼女の話を聞けるようになった。紙芝居病の薬の量は増えたが、どうせタダだし、中身は小麦粉かもしれないのだ。私は薬のようなものを飲むことで精神の安定を図った。できるだけ彼女をことを考えて、このトラウマを平気なものにかえようとした。慣れて、当たり前のものにしようとした。そうしていたら、いつの間にか彼女にのめりこんでしまった。
季節は春になった。外は暖かい。
 カウンセリングに来ている彼女は少し明るくなってきた。遅れている精神分析をしないといけないのだけど、たびたび彼女に目を奪われるようになった。しかし、彼女の出す最近の不幸で引き込まれ、世界がとまりそうになった。それでも、粘り強く話を聞くフリをして、私と彼女は乗り切った。最初はカウンセリングが終わるたびに吐いていたのが今では嘘のようだ。いや、思い出すと今でも吐きそうにはなるが。
 彼女も安定期に入った。陽射しを浴びて、ふと思い立った。明るいところへ出ようと。対症療法とかいい、彼女と外に出ることを誘った。私にもセラピーは必要だったのだ。
 意外にも、彼女は二つ返事で許可してくれた。私は自分をなんとかしたかったので、少しほっとした。
 そして当日。その日もよく晴れていた。こんな日に、間違いなどおきるはずがないと思った。しかし、車は事故を起した。
 きっかけは走る紙芝居病患者だった。今考えると引いても生きていそうだが、私はとっさに避けて、ガードレールに衝突事故を起した。今では往来する少ない私の街の国道だった。
 身体は血だらけで脚はなかった。きっと死ぬのだろう。しかし、待たせている彼女のことが気になった。何とかしないといけない。
 私は、このときに紙芝居病患者になった。
できれば、彼女に私の死という不幸を味あわせたくなかった。身体は少しずつ動く。周りは静かで誰も居ない。きっと救急車は来ないだろう。この地域にはもう人という力がないのだ。できれば死なずに彼女の元へ。しかしもう脚はなかった。私は動かなくなった手に力を込めようとしながら、死なないことに固執した。彼女が悲しまなければ、いいのだ。私がどうなろうとも。絶対に、彼女の花火が私の死であってはいけない。彼女の不幸な話は全て過去のことだ。彼女に永遠に苦しんで欲しくないし、過去の人間にもなりたくはない。
 それにしても私はどうしてここまで彼女に固執しているのだろうか。考えたことがあるので、すぐ答えの予想は出てくる。でもそれを今日確かめることができなかった。確かめるために今必死に生きていた。ああ、私の花火は彼女なのか。身体は痛いし、ずっと死にそうなままだが、それはそれで幸せだったのかもしれない。でもせめて、彼女の声やまぶしい花を感じたままそうなりたかった。
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by swingpop | 2007-03-13 05:51 | 日常
マークパンサー
 可愛い子様はマークパンサーが好きらしいです。グローブになんでいるのかわからないと言ったら怒られました。カラオケでもマークのパートを歌います。
 んで、今回はマークパンサーみつけてきたよ!

新しいマークパンサー
Q MLMって危ないんじゃないの?
A なんで?危なくないよ

Q だって合法なの?
A もちろん合法だよ

Q なんで?だってマルチレベルマーケティングということはマルチ商法なんでしょ?
A 違うよ。全然違うよ。

Q でも、ねずみ講なんでしょ?
A 全然違うよ。全く関係ないよ

 Aはマークパンサーです。
 違うよ。全然違うよ。あの頃と全く違うよ。
 すごいですね。人間は変わるものです。ちなみにジュースは1万5千円くらいです。可愛い子様は絶対に買わないで下さい。
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by swingpop | 2007-03-13 02:09 | 日常
イベント剣ら鵜減る
 最初ちょっと忘れていて、30分遅れでイベント行ってきました。
 簡単に言えば、グルのBBあたりで沸きまくりイベントでした。
 印象的だったのは、敵が出すぎて10秒に1回画面が切り替わってたところです。あ、HPが減った!と思ってヒールしたら10秒後に画面が動いて死んでいました。なんだろうこのイベント。
 とりあえず反王さんは喋っていました。棒読みに見えたけど、元気そうでした。女プリのまどかさんも元気そうでした。二日目ともあって、慣れてきてるっぽさが印象的でした。
 しかし公式の女プリがさらわれているところ。さすが日本のだなって思えるくらいかわいらしかったです。わたくしは嫌いじじゃないのです。好きだ!
 てか、リトのイベントで1度見ているのですが、なんかキャラかわってくらいかわいらしい感じになっていました。場慣れって人をおもしろくしますね。いいことだ。

 あとちなみに、そのとき女WIZしていた水野様を覚えていらっしゃるでしょうか。可愛い子様がたいしたことないみたいなコメント書いたら、トラバしていたからその次に書き込んでくれたあの方です。あの、待機時間に食べ過ぎて下っ腹が出たあの方。どうやら、体調を崩した結果、芸能界をやめられたようです。あのギラギラした目をもう見れないのはとても残念です。たまにHPをチェックしているのですが、1月から反応がないので、まぁ大学でなんかしてるんでしょう。とりあえず、身体に気を使って食べ過ぎずがんばってほしいです。
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by swingpop | 2007-03-12 04:31 | リネ
紙芝居病2
 幸せなことは人に話したい。不幸なことも人に聞いてもらいたい。でも、私の過去は人に聞かせたいものではなかった。たた純粋に不幸なのだ。大抵の犯罪には巻き込まれている。年に何度も誰かに狙われて、今では左手は親指しか感覚がない。そうなった経緯など、誰が話したいのだろうか。私の頭の中で巡らせるだけで十分だ
 でもそんな私にも幸せなことが最近あった。話を聞いてくれる人が現れたのは。その人は、カウンセラーという職業だった。職業だから、憂鬱な話でも聞いてくれみたいだった。今もなのかもしれないけれど、その頃の私は精神的にも、肉体的にも病んでいた。精神的には欝。肉体的には流行の紙芝居病だ。みなさん気をつけてください!と広報していた大統領が次の日にかかって戻れなくなったアレだ。
 この病気は感情によって起きるせいか、私はかかった当初は全く影響が出なかった。ちなみに、この病気にかかったかチェックする方法は、身近にかかった人がいるかどうかだ。近くにいたら、もう遅いのだ。私の場合は、クラスの友達が最初にかかって、病気になったのがわかった。クラスメートは慌てていたけれど、私はどうでもよかった。
 そして、欝の力はその日から効果をはっきした。欝の何事もどうでもいいと言ったら御幣がありそうな症状は、紙芝居病の感情の高ぶりによって起きる発作を抑止する力となった。
 これが良いことだったのかはわからなかった。父と母は悲しいことに先にあっちの世界へ生きていって、私は取り残された。貨幣経済は一応残っていたし、法律の改正によって受け取ることのできた遺産で生きていった。今でも、私を置いていった2人をうらむ気持ちもあるし、こんな娘になってしまったことを申し訳ないという気持ちもある。できればあの時一緒に連れて行って欲しかったけれど、私が欝だったし、私のせいでもあるのだから仕方ない。両親は、今でも居間で抱き合って泣いている。当時の私はそれが辛くて家を出た。
 カウンセラーを雇うことにしたのは、自分からの判断だった。早く感情の揺れが大きくなりたい。そう思って雇うことにしたのだ。
 カウンセラーはすぐ見つかった。この世界の住人を減らさないように、国が政策としてカウンセラーを紹介していたから、国を頼ればすぐに見つかった。
 私のカウンセラーは男だった。優秀な男らしい。
私としては、話を聞いてくれるのならば誰でもよかったのだけれど、やっぱり最初は抵抗があった。しかし、段々なれていって、いつの間にか話すことできるようになった。2ヶ月目くらいだったと思う。私は誰かを不幸にすることなく、私の人生を話すことができたのだ。
 それからは回復が早かった。学校がずっと休校なのもあいまって、外に出ることを楽しめるようになった時期に、多少事件に巻き込まれたこともあって嫌な状況で紙芝居のページになりかけたけれど、それはなんとか乗り切った。これもカウンセラーのおかげなのだろう。
 カウンセラーは何でも冷静に話を聞いてくれた。両親に少し話したら2人は泣いて、動かなくなってしまったけれど、カウンセラーはちゃんとこの世界にいてくれた。
 月日が経つにつれて、私は両親の紙芝居病を受け入れられるようになった。両親は、私の苦しみを背負ってくれたのだとおもう。私は家へ帰り、2人の涙を拭いてあげることができるようになっていた。そのときには私も泣いたけれど、また一緒にはなれなかった。
 ある日、カウンセラーは外に出てランチを食べながら話をしようと言い出した。その時私ははいはいと了解したけれど、冷静になって考えたら、デートの誘いのような気がしてきた。
 正直な話、私は全てを話したカウンセラーに恋心のようなものを見出していた。カウンセラーと患者の間ではよくあることだと聞いていたので、間違いが起きないようにはしていた。その恋心は気のせいだと考えるようにしていた。
 それなのに、相手からいきなり誘ってきた。ちょっとだけ腹が立った。こっちは我慢しているのにずるい。でも、嬉しかった部分もあった。あっちから禁忌を破ってくれたのだから、嬉しくないはずがない。でも、いきなりあっちから勝手に禁忌を破ってひどい目にあってきた立場としては、あまり喜べない、そう考えて冷静になることにした。期待はしたら、それだけでページになってしまう。
 私は、待ち合わせの日のために、最近あまり動かない流行の服を買ったし、下着も高いのにした。そして前夜には早く寝ることにした。久しぶりにドキドキした。期待はしたくないと考えていたけれど、素直に期待して眠るのは幸せだった。
 そして、当日。私は待ち合わせのオープンカフェの外のテーブルのイスに座って待った。屋外用の硬くて丈夫なイスの座り午後地はよくなかった。店員にコーヒーを注文して、待ち合わせ時間の20分前には向かいの道をじーっと眺めていた。すごく楽しい。私にこんな幸せがあっただなんて。
 動かない左手を隠すようにして、街を眺める。あの人はいないか。まだ来ないか。心から幸せだった。
 いつも誰かに奪われることを警戒していた私が、誰かを待っているのだ。もしかしたらあのカウンセラーに奪われるものがあるかもしれないのに、こんなに幸せそうに。
 私は暖かな風を受けた。夕方のその風は私を解放的にした。そして、私は紙芝居病にかかった。
 かかった瞬間は自覚できた。気合で治るという話もあながち嘘ではないと知った。でも、私は思った。もう少しこのままでいいや、って。だって、どうせカウンセラーは来るのだから、来たら戻ればいい。そして、カウンセラーが話したがっていた話を聞けばいいのだ。簡単なことだ。私は待つことより、カウンセラーに会うことのほうが大切だから。
 私は何度も時計を確認する。まだ来るわけないし、遅刻してくるかもしれない。カフェの場所が分かりにくくて、迷っているのかもしれない。何を話そう。どこへ行こう。何を食べよう。いつまで一緒にいよう。何をしよう。どこまで受け入れよう。
 ずっと待っていた。でもまだまだ幸せだったし、楽しい気分はとまらない。
 そしたら、偶然にも学校の同級生に会った。久しぶりというより、話したことがないのではじめましてだ。カウンセラーはなかなか来なかった。私も、あの頃より少しは大人になったので、少し話してみたいと思った。
 同級生は隣に座る。
 どうやら、自分がここにいる理由を話しているようだった。カウンセラーのことを考えていて、頭にちゃんと入ってきていない。でも、楽しそうに話をしているのを観ていると、また心が温かくなる。ナンパ目的かもしれないけど、カウンセラーが来るのだからちゃんと追い払ってくれるだろう。一応診察なのだから。それに、もしかしたら、カウンセラーが嫉妬して、積極的になってくれるかもしれない。よし、利用しておこう。
 私は、同級生の話を適当に聞いた。早く着いてくれないかな。話の流れとしては、今度は私がここにいる理由を話さないといけなくなってしまう。それをしたら相手が不幸になってしまうのに。
 そうだ。ずっとニコニコしておこう。たまにうなずいたり、目を見たり。カウンセラーが来るまでの辛抱だ。
 でもそんなに辛抱という訳ではないか。まぁとりえあえず笑っていよう。カウンセラーはきっと来るのだから。
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by swingpop | 2007-03-12 04:19 | 日常
紙芝居病
 紙芝居病を患ってしまいました。
 紙芝居病は、空気感染で人の身体に広まっていきます。主な症状は、大きな感情がきっかけになって身体が紙芝居に出て1ページのように固まってしまうことです。全身麻痺などとは違い、身体を少しは動かすことができます。最近の電子上の紙芝居は優秀なのです。
 しかし麻痺は麻痺です。この病気によって、車の運転中に発症、事故死という例は挙げればきりがありません。1度かかれば、大きな感情が起きれば発作のように継続して起きることも分かっています。
 そしてこの紙芝居病で起きた硬直や麻痺を治す手立てはが問題になりました。紙芝居病での麻痺は、最初こそ不自由ですが、硬直して時間が経つにつれ、自分の意思で回復させることができます。気合です。気合で治るのです。メカニズムはよくわかっていません。
 では、治る見込みのある紙芝居病は、恐ろしい病ではないのでしょうか。それは違います。紙芝居病には、1つ大きな特徴があるのです。
 紙芝居病にかかり、最初の硬直から抜けると、身体を動かさなくてもいいのです。
 人は生きるために動いて食べて飲み込んで、色々出しています。しかし、紙芝居病にかかると身体を動かさなくても生きていけます。脳は正常に働き、2桁の掛け算程度なら人によってはできるでしょう。表情も状況に応じてのみですが作れます。その場の状況判断もできます。なのに、何もしなくても生きていけるのです。
たとえば、硬直の結果事故にあった人がいます。その人は血も骨も出ています。けれど死にません。ほとんど動かずにただ苦しんでいます。血は致死量です。それでも死にません。その事故にあった人間が諦めるまで、その人を中心にした紙芝居の1ページは続きます。死ぬのが嫌なので、ずっとそのページに居続けているのです。ずっと苦しんだまま、死ぬことはありません。
たとえば、幸せの絶頂で紙芝居病の麻痺が起きます。春の日差しを浴びて、暖かな風を感じる午後のひと時です。その人はもう戻ってきませんでした。幸福感を持ったまま、死なない人間になったのです。
紙芝居病は、本人にとってはとても都合のいい病でした。しかし、遺族にとっては厄介なものでした。もしかしたら帰ってこないかもしれないのです。世話の必要のない置物のようです。置物に置いていかれた。そう思ってしまう人間がたくさんでてきました。そして、人は競い合うように病気にかかるようになりました。
 元来、空気感染で広まりやすいものでした。やる気を出せば誰でも一枚絵になれるのです。なので、楽をしたい人間がどんどん紙芝居病にかかっていきました。取り残された絶望とかを伴った、息をする止まった人間に逃げようという人がたくさんでました。
 この現状に科学者はワクチンを作ろうとしました。死に至らない病を治すためです。紙芝居を次に動かすための手が必要だったのです。社会不安や、無政府状態。この世界をなんとかしたかったのです。しかし、そんなワクチンは作れずに、結局気合で治るということしか分かりませんでした。死なない人間は、ずっと時がとまった人間のままです。
 そのうち、病気が進むと意思では抗うことができなくなりました。現実から逃げることは幸せなことだったのです。ずっと悩んで、ずっと生きて。自分のことだけ考える瞬間が一番危ないようです。
 そして、いつの間に世界の99パーセントが紙芝居病によって絵になってしまいました。
 自殺志願者が集まる丘では、落ちることを考えすぎて、ずっと落ちて登ってまた落ちる人たちの列が伸びています。道を見たら苦しみながらも生きている人々。そんな人たちの世話をすること自体に固執した紙芝居病患者。そんな人たちばかりになってしまいました。
 このままでは、人類全体が紙芝居になってしまうと思われました。しかし、ある日残った1パーセントの人たちが気づいたのです。自分は麻痺が起こるがそんな状態にはならない、と。
 つまり、不幸にも抗体をもった人たちがいたのです。
 僕もそうでした。絵になろうとしても、いつの間にか正気に戻ります。科学者は気合といっていましたけど、僕にとってはただ冷静になったら戻るんです。あれは。いや、戻ったから冷静になるのかもしれませんが。

 周りが固まる中、僕は必死に生きました。みんなが大きく動いていた頃は、楽にずっと生きていたかったのですがそれはもう叶いません。かといって、死にたくもありません。畑を見つけて耕したり、牛にご飯を上げて一人で生きています。本当に生きる意味がないような生活でした。でも、1つだけ気がかりなことがあったのです。
 友達のきれいな人です。きれいな人が、絵になっていたのです。
 僕は街のオープンカフェの外の席で彼女を見かけたときから、どうしてその人がそのページにいるのか、そして続きはどうなるのか、気になりました。朝畑を耕して、昼その人が動くのを待ちます。オープンカフェの外のテーブルでうつむくように何かを待っているあの人の隣の席に座ります。ときどきこっちを観ますが、すぐ向きなおして無視されたりしています。
 朝耕して、昼から隣に座る。そんな生活だけを繰り返していました。きれいだったのだから、苦にもなりません。
 月日が経っても繰り返します。突然身体が麻痺しても、ちゃんと対策を考えてあるので安全に生きています。そして、ある日気づきました。
 僕はこの生活にとらわれている紙芝居病者なのだと。
 気づいてしまいました。どうりで何十年も歳をとらないはずです。
 僕はそこからうまく生きていけなくなりました。抗体があるといっても、まさか何十年も続けて戻ってこれるとは。畑が不作でも死なない身体はもうないのです。
 気づいてしまった年は、運が悪く異常気象の歳でした。人がいなくなっても環境はかわります。畑の作物は全くダメで、家畜も素人でもできる放牧とはいえ、ちゃんと養えません。
 僕はお腹を空かせて、カフェできれいな人の隣に座りました。きっともうすぐ餓死するのでしょう。せっかくだから身体と服はきれいにして、きれいな人の隣で死ぬことにします。
 隣に座って半日くらい。夕方になり、いつもは帰っている時間になりました。
 ふと思い立ち、我慢できなくなってきれいな人に話しかけました。
「暇なら少し話そうよ」
 寂しさから出た一言でした。どうせ反応はないは泣きそうになりながら言いました。
きれいな人がこっちを見て少し笑いました。笑って、幸せそうにこっちを観てくれています。
きっと偶然そうなったのだと思います。これはチャンスだと思いました。でも僕にはいきなりおもしろい話など思い浮かびません。僕は今までの経緯を話しました。この幸せがずっと続いて欲しいと思いながら話しかけました。
 僕はここでまた紙芝居病にかかりました。
ずっと2人で、音のしない人ごみを無視して座ることになったのです。僕はびっくりしたところでなってしまったので、きれいな人の笑いに笑いで返せていませんが、ちゃんと幸せだったので、そのままでもいいと思っています。
それにしてもきれいですね。僕と話をしませんか?
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by swingpop | 2007-03-11 04:59 | 日常
大富豪
 ネット対戦の大富豪してたら、大貧民になりました。そしたら、大富豪からAとKを差し出したら、KとJもらいました。何かの嫌がらせかと思いました。
 そんで、またしてたら大富豪になりました。そしたら、大貧民にAとKを上げました。わたくしの時代始まったな思いました。もちろん勝ったよ!

 まぁそんな今日の気持ちが悪い日記でした!なんだこれ。
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by swingpop | 2007-03-09 02:31 | 日常