早めに見えなくなると思います。
by swingpop
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紙芝居病3
 紙芝居病は初め精神病だと思われていた。突然直前までしていた行動だけをするので、脳に異常があるとも思われた。患者を病院に運んで、点滴をつけて様子を観る。そして一週間後に主治医が気づいた。寝たきりなのに床ずれさえせずに、髪さえ伸びないと。国は患者を特殊な身体を持つ人物として調べた。身体には健康的な問題はなかった。血圧が安定して、何も食べていないのに血糖値はかわらない。体重も減らなければ、本当に髪の毛も伸びない。医者のチームはそのことを報告し、国はしばらくの間秘密にして調べるように命令した。
 この最初の患者は、航空機のフライトアテンダントだった。国際線で立ちっぱなしの仕事を終え、自分の国での休養を楽しみにしていた。季節は夏で、彼女のふるさとでもどこにでもあるような花火大会が行われていた。
 彼女はとてもその花火が好きだった。都会の花火と比べたら規模は小さいが、澄んだ夜空と広い土地に広がる花を毎年楽しみにしていた。
 花火は熱く花びらを散らせた。彼女は毎年自分の家からそれを1人で眺めていた。家は高台にあり、二階の部屋から蚊取り線香の香りをかぎながら眺めていた。そして、下から上へ視線を上げることを繰り返しながら、彼女は紙芝居病になった。
 彼女が紙芝居病になり、国が動き、不死を体現してから、彼女の家族の周りが慌しくなった。謎の奇病だが大丈夫だということしか知らされていないに関わらず、お見舞いに行くごとに施設や周りの人間が増えていっていた。両親はとても心配した。それは狂ってしまうのではないのかと思うほどだった。それで、私が呼ばれた。
 結果的に、彼女の家族は私を頼った。別に彼女の家族と付き合いがあったわけではない。ただ地域が同じで、彼女の家族にカウンセラーをつけることを勧めたのが彼女についた多くの医者の1人で、私の友人だったというだけだ。
 友人からその奇病の家族の話を聞いたとき、珍しいケースだったが不安は沸いてこなかったというと嘘になる。だが、隔離されていなかったので、ただ重病の患者を持った家族を励ませばいいと思えば楽になった。隔離もされていないし、感染症ではないだろうくらにしか思わないことにした。
 彼女の家族から話を聞いた。国から口止めをされていたが、私は非守義務があったので話してくれた。どうやら話して楽になりたかったようで、私に洗いざらいと言えるくらい話した。私は真剣な顔を作っていつものようにのめり込まないように聞いた。最初の感想は、その花火なら私も見ていたな、だった。
 私は彼女の家族にいつもの親身に接するをした。嘘はないが、力を出し切らないくらいの力加減だ。何度か彼女が病気にかかっていないときの写真をみた。同じ地域に住んでいるが、さすがにみたことはなかった。狭いながらも人がいる。それは当たり前か。
 そして月日がたち、彼女のような症状をもった人間がぽつぽつ出始めた。外国でもそうだった。国は隠し切れなくなり、様々と国と同時に発表した。他の国々も秘密にしていたのだ。
 その頃から自分対して危機感が出てきた。私は彼女の家族を紹介した友人に連絡して、感染性について聞いた。そしたら、まだ発表はされていないが、空気感染かもしれないという話を聞いた。私は焦った。もしかしたら私は彼女の家族を介してすでに感染しているかもしれないのだ。
 友人は私に申し訳ないと何度も言った。けれど彼に何もできることがないだろうというのは分かっていた。私は絶望した。そして味わったことのない恐怖に襲われた。私にとっての花火は一体なにになるのか。
 数日後、国際的な機関が各国を代表して紙芝居病についての発表をした。マスコミはこぞって取り上げて、みんな私のように絶望した。考えられるのは空気感染で、即効性も検査方法も分かっていないということだった。私は前もって聞いていたので、周りと比べたらショックは小さかった。
彼女の家族はとても疲労困憊していた。誰が悪いわけでもないのに、自分を責めていた。そして、気がついたらカウンセリングに来なくなった。嫌な予感がして警察に連絡すると、案の定紙芝居病にかかっていた。どのシーンで切り取られていたのかは、最悪の想像通りだった。私は救えなかったことに対して深い憤りを感じた。
ある日、彼女の家族を紹介した友人から連絡が入ってきた。多少弱めることができるかもしれないという薬を持っていた。友人は、研究している科学者の大半は飲んでいるという薬だと言って私に渡した。認可されているものなのかと聞いたら、ただワラにすがっているだけかもしれないと言っていた。しかし、私はその薬を信じて飲み始めた。
そして何年かたった。友人から受け取っていた薬は、国から渡されるようになった。世界に広められた治療法は気合だったので、もしかしたら薬には効果がなくて、プラシーボ効果を期待したものかもしれない。むしろ、そっちの可能性のほうが高い。私はこの薬で何とかこの世界にいる。国から不安がる人間のためのカウンセリングを任されているので、自分が紙芝居病になってはいけないと常に思っているのも原因かもしれない。
結局、私には何がなんなのか分かっていないのだ。
そして冬の日だったと思う。きれいな女性がカウンセリングへやってきた。
私は、彼女の話をいつもの調子で聞いた。彼女の話した話は、不幸だった。
初めてだった。カウンセリング中にもう聞きたくないと思ったのは。しかしそれは彼女の人生であり、決して否定してはいけないものだった。それなのに、私は彼女の話を聞いている間、自分のことだけを考えていた。彼女のことを考えたらいけないと、そう思ったのだ。
何度かのカウンセリングを重ね、私は何度も悪夢を見た。けれどなんとか慣れて、必死にしていたら彼女の話を聞けるようになった。紙芝居病の薬の量は増えたが、どうせタダだし、中身は小麦粉かもしれないのだ。私は薬のようなものを飲むことで精神の安定を図った。できるだけ彼女をことを考えて、このトラウマを平気なものにかえようとした。慣れて、当たり前のものにしようとした。そうしていたら、いつの間にか彼女にのめりこんでしまった。
季節は春になった。外は暖かい。
 カウンセリングに来ている彼女は少し明るくなってきた。遅れている精神分析をしないといけないのだけど、たびたび彼女に目を奪われるようになった。しかし、彼女の出す最近の不幸で引き込まれ、世界がとまりそうになった。それでも、粘り強く話を聞くフリをして、私と彼女は乗り切った。最初はカウンセリングが終わるたびに吐いていたのが今では嘘のようだ。いや、思い出すと今でも吐きそうにはなるが。
 彼女も安定期に入った。陽射しを浴びて、ふと思い立った。明るいところへ出ようと。対症療法とかいい、彼女と外に出ることを誘った。私にもセラピーは必要だったのだ。
 意外にも、彼女は二つ返事で許可してくれた。私は自分をなんとかしたかったので、少しほっとした。
 そして当日。その日もよく晴れていた。こんな日に、間違いなどおきるはずがないと思った。しかし、車は事故を起した。
 きっかけは走る紙芝居病患者だった。今考えると引いても生きていそうだが、私はとっさに避けて、ガードレールに衝突事故を起した。今では往来する少ない私の街の国道だった。
 身体は血だらけで脚はなかった。きっと死ぬのだろう。しかし、待たせている彼女のことが気になった。何とかしないといけない。
 私は、このときに紙芝居病患者になった。
できれば、彼女に私の死という不幸を味あわせたくなかった。身体は少しずつ動く。周りは静かで誰も居ない。きっと救急車は来ないだろう。この地域にはもう人という力がないのだ。できれば死なずに彼女の元へ。しかしもう脚はなかった。私は動かなくなった手に力を込めようとしながら、死なないことに固執した。彼女が悲しまなければ、いいのだ。私がどうなろうとも。絶対に、彼女の花火が私の死であってはいけない。彼女の不幸な話は全て過去のことだ。彼女に永遠に苦しんで欲しくないし、過去の人間にもなりたくはない。
 それにしても私はどうしてここまで彼女に固執しているのだろうか。考えたことがあるので、すぐ答えの予想は出てくる。でもそれを今日確かめることができなかった。確かめるために今必死に生きていた。ああ、私の花火は彼女なのか。身体は痛いし、ずっと死にそうなままだが、それはそれで幸せだったのかもしれない。でもせめて、彼女の声やまぶしい花を感じたままそうなりたかった。
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by swingpop | 2007-03-13 05:51 | 日常
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