早めに見えなくなると思います。
by swingpop
カテゴリ
説明
本読みシリーズ
日常
リネ
リネと日常の間
ROSE Online
以前の記事
2015年 04月
2012年 04月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
紙芝居病
 紙芝居病を患ってしまいました。
 紙芝居病は、空気感染で人の身体に広まっていきます。主な症状は、大きな感情がきっかけになって身体が紙芝居に出て1ページのように固まってしまうことです。全身麻痺などとは違い、身体を少しは動かすことができます。最近の電子上の紙芝居は優秀なのです。
 しかし麻痺は麻痺です。この病気によって、車の運転中に発症、事故死という例は挙げればきりがありません。1度かかれば、大きな感情が起きれば発作のように継続して起きることも分かっています。
 そしてこの紙芝居病で起きた硬直や麻痺を治す手立てはが問題になりました。紙芝居病での麻痺は、最初こそ不自由ですが、硬直して時間が経つにつれ、自分の意思で回復させることができます。気合です。気合で治るのです。メカニズムはよくわかっていません。
 では、治る見込みのある紙芝居病は、恐ろしい病ではないのでしょうか。それは違います。紙芝居病には、1つ大きな特徴があるのです。
 紙芝居病にかかり、最初の硬直から抜けると、身体を動かさなくてもいいのです。
 人は生きるために動いて食べて飲み込んで、色々出しています。しかし、紙芝居病にかかると身体を動かさなくても生きていけます。脳は正常に働き、2桁の掛け算程度なら人によってはできるでしょう。表情も状況に応じてのみですが作れます。その場の状況判断もできます。なのに、何もしなくても生きていけるのです。
たとえば、硬直の結果事故にあった人がいます。その人は血も骨も出ています。けれど死にません。ほとんど動かずにただ苦しんでいます。血は致死量です。それでも死にません。その事故にあった人間が諦めるまで、その人を中心にした紙芝居の1ページは続きます。死ぬのが嫌なので、ずっとそのページに居続けているのです。ずっと苦しんだまま、死ぬことはありません。
たとえば、幸せの絶頂で紙芝居病の麻痺が起きます。春の日差しを浴びて、暖かな風を感じる午後のひと時です。その人はもう戻ってきませんでした。幸福感を持ったまま、死なない人間になったのです。
紙芝居病は、本人にとってはとても都合のいい病でした。しかし、遺族にとっては厄介なものでした。もしかしたら帰ってこないかもしれないのです。世話の必要のない置物のようです。置物に置いていかれた。そう思ってしまう人間がたくさんでてきました。そして、人は競い合うように病気にかかるようになりました。
 元来、空気感染で広まりやすいものでした。やる気を出せば誰でも一枚絵になれるのです。なので、楽をしたい人間がどんどん紙芝居病にかかっていきました。取り残された絶望とかを伴った、息をする止まった人間に逃げようという人がたくさんでました。
 この現状に科学者はワクチンを作ろうとしました。死に至らない病を治すためです。紙芝居を次に動かすための手が必要だったのです。社会不安や、無政府状態。この世界をなんとかしたかったのです。しかし、そんなワクチンは作れずに、結局気合で治るということしか分かりませんでした。死なない人間は、ずっと時がとまった人間のままです。
 そのうち、病気が進むと意思では抗うことができなくなりました。現実から逃げることは幸せなことだったのです。ずっと悩んで、ずっと生きて。自分のことだけ考える瞬間が一番危ないようです。
 そして、いつの間に世界の99パーセントが紙芝居病によって絵になってしまいました。
 自殺志願者が集まる丘では、落ちることを考えすぎて、ずっと落ちて登ってまた落ちる人たちの列が伸びています。道を見たら苦しみながらも生きている人々。そんな人たちの世話をすること自体に固執した紙芝居病患者。そんな人たちばかりになってしまいました。
 このままでは、人類全体が紙芝居になってしまうと思われました。しかし、ある日残った1パーセントの人たちが気づいたのです。自分は麻痺が起こるがそんな状態にはならない、と。
 つまり、不幸にも抗体をもった人たちがいたのです。
 僕もそうでした。絵になろうとしても、いつの間にか正気に戻ります。科学者は気合といっていましたけど、僕にとってはただ冷静になったら戻るんです。あれは。いや、戻ったから冷静になるのかもしれませんが。

 周りが固まる中、僕は必死に生きました。みんなが大きく動いていた頃は、楽にずっと生きていたかったのですがそれはもう叶いません。かといって、死にたくもありません。畑を見つけて耕したり、牛にご飯を上げて一人で生きています。本当に生きる意味がないような生活でした。でも、1つだけ気がかりなことがあったのです。
 友達のきれいな人です。きれいな人が、絵になっていたのです。
 僕は街のオープンカフェの外の席で彼女を見かけたときから、どうしてその人がそのページにいるのか、そして続きはどうなるのか、気になりました。朝畑を耕して、昼その人が動くのを待ちます。オープンカフェの外のテーブルでうつむくように何かを待っているあの人の隣の席に座ります。ときどきこっちを観ますが、すぐ向きなおして無視されたりしています。
 朝耕して、昼から隣に座る。そんな生活だけを繰り返していました。きれいだったのだから、苦にもなりません。
 月日が経っても繰り返します。突然身体が麻痺しても、ちゃんと対策を考えてあるので安全に生きています。そして、ある日気づきました。
 僕はこの生活にとらわれている紙芝居病者なのだと。
 気づいてしまいました。どうりで何十年も歳をとらないはずです。
 僕はそこからうまく生きていけなくなりました。抗体があるといっても、まさか何十年も続けて戻ってこれるとは。畑が不作でも死なない身体はもうないのです。
 気づいてしまった年は、運が悪く異常気象の歳でした。人がいなくなっても環境はかわります。畑の作物は全くダメで、家畜も素人でもできる放牧とはいえ、ちゃんと養えません。
 僕はお腹を空かせて、カフェできれいな人の隣に座りました。きっともうすぐ餓死するのでしょう。せっかくだから身体と服はきれいにして、きれいな人の隣で死ぬことにします。
 隣に座って半日くらい。夕方になり、いつもは帰っている時間になりました。
 ふと思い立ち、我慢できなくなってきれいな人に話しかけました。
「暇なら少し話そうよ」
 寂しさから出た一言でした。どうせ反応はないは泣きそうになりながら言いました。
きれいな人がこっちを見て少し笑いました。笑って、幸せそうにこっちを観てくれています。
きっと偶然そうなったのだと思います。これはチャンスだと思いました。でも僕にはいきなりおもしろい話など思い浮かびません。僕は今までの経緯を話しました。この幸せがずっと続いて欲しいと思いながら話しかけました。
 僕はここでまた紙芝居病にかかりました。
ずっと2人で、音のしない人ごみを無視して座ることになったのです。僕はびっくりしたところでなってしまったので、きれいな人の笑いに笑いで返せていませんが、ちゃんと幸せだったので、そのままでもいいと思っています。
それにしてもきれいですね。僕と話をしませんか?
[PR]
by swingpop | 2007-03-11 04:59 | 日常
<< 紙芝居病2 大富豪 >>